シリーズA前のスタートアップがファクタリングを活用すべき3つの場面

創業から1年半、ようやく軌道に乗り始めたスタートアップの社長から、真夜中に電話がかかってきたのは今から5年前のことだ。

「竹内さん、うちもう1週間後に給料払えないんです」

彼の会社はBtoBのSaaSサービスを展開しており、大手企業からの受注も決まっていた。

しかし入金は3ヶ月先。

銀行は創業間もない企業への融資を渋り、VCからの資金調達も交渉中という状況だった。

私が銀行員時代から知る、多くのスタートアップがこの「死の谷」で消えていった。

優れた技術と情熱があっても、目の前の資金繰りで息絶えてしまうケースを何度も目の当たりにしてきた。

その夜、私は彼に一つの選択肢を提示した。

「ファクタリングを検討してみませんか?」

シリーズA前のスタートアップにとって、ファクタリングという手法は「知っているか知らないか」で生死を分ける場合がある。

本記事では、私が銀行員時代とその後のコンサルティング経験で見てきた事例をもとに、スタートアップがファクタリングを活用すべき具体的な場面を紹介したい。

資金調達の教科書には載っていない、しかし現場では重要な「現金を生み出す知恵」について共有できれば幸いだ。

ファクタリングの基本と誤解

ファクタリングとは何か:仕組みと種類

ファクタリングとは、企業が保有する売掛金(まだ回収していない債権)を、ファクタリング会社に売却することで即座に資金化する手法です。

売掛金の支払期日を待たずに現金化できるため、資金繰りの改善に役立ちます。

主に以下の2種類があります。

  1. 2社間ファクタリング
  • 売掛先に知られずに利用できる
  • 売掛金の所有権はファクタリング会社に移る
  • 比較的高い手数料(10~20%程度)
  1. 3社間ファクタリング
  • 売掛先の承諾が必要
  • 売掛先の信用力で手数料が決まる
  • 比較的低い手数料(1~5%程度)

売掛金を早期に現金化できる点は同じですが、状況によって使い分けることが重要です。

「怪しい」「最後の手段」ではない理由

「ファクタリング=怪しい資金調達」というイメージをお持ちの方も多いでしょう。

確かに、一部のファクタリング業者の高金利や強引な回収方法が問題視されたことがあります。

しかし、大手金融機関や上場企業グループでもファクタリングサービスを提供しており、適切に活用すれば効果的な資金調達手段となります。

「まるで闇金融のようだ」と話す起業家に私がいつも伝えるのは、ファクタリングは金融機関でいうと「不動産担保融資」に近いということ。

売掛金という資産を「担保」にして資金を調達する、れっきとした金融手法なのです。

ファクタリングに対する誤解

誤解事実
怪しい金融手法大手金融機関も提供する正規の金融サービス
金利が法外に高い手数料は売掛先の信用力で決まり、3社間なら数%程度
経営に行き詰まった企業だけが使う成長企業の一時的な資金需要にも活用される

銀行融資との違いと補完関係

銀行融資とファクタリングは、互いに補完し合う関係にあります。

以下の表は、銀行融資とファクタリングの主な違いです。

項目銀行融資ファクタリング
審査期間1~3ヶ月最短数日
審査基準財務状況、事業計画、担保売掛先の信用力が主
返済義務ありなし(売掛金を売却)
貸借対照表負債として計上資産の減少として計上

銀行融資が向いているケース

  • 長期的な設備投資や研究開発
  • 安定した返済計画がある場合
  • 低金利での資金調達を優先する場合

ファクタリングが向いているケース

  • 急な資金需要への対応
  • 創業間もなく銀行融資が困難な時期
  • 負債を増やさずに資金調達したい場合

両者を適切に使い分けることで、より効果的な資金調達が可能になります。

活用すべき場面①:資金繰りの谷を一時的に越えるとき

私がコンサルティングしていたAIスタートアップの事例から始めよう。

彼らは大手メーカーから2000万円の開発案件を受注した。

喜びもつかの間、実際の開発には6人のエンジニアを3ヶ月拘束する必要があった。

給与支払いだけで1500万円以上。

「受注はしたものの、開発期間中の資金をどう賄うか」という典型的な”キャッシュフローの谷”に直面していた。

よくある失敗:受注はあるのに現金がない

スタートアップが陥りやすいのが、「売上≠キャッシュ」という落とし穴だ。

特に次のようなケースでは要注意だ。

1. 入金サイクルのミスマッチ

  • 顧客からの入金:3〜6ヶ月後
  • 開発コストの支払い:毎月発生

2. 成長に伴う運転資金の増加

  • 売上拡大→必要経費も増加
  • 入金前に資金ショート

3. 大型案件で入金まで時間がかかる

  • 検収期間が長期化
  • 資金繰り計画の甘さ

「売上は順調なのに、なぜか資金ショートする」という状況は、多くのスタートアップ経営者が経験する悩みだ。

ファクタリングでブリッジする具体的な事例

先ほどのAIスタートアップは、次のようにファクタリングを活用して危機を乗り切った。

  1. 大手メーカーとの契約書と発注書を準備
  2. 3社間ファクタリングで2000万円の80%にあたる1600万円を調達
  3. 手数料は3%(48万円)
  4. 納品・検収後、メーカーからの支払いはファクタリング会社へ
  5. 残金の調整後、352万円が還元された

この「つなぎ資金」によって、彼らは開発リソースを確保し、プロジェクトを成功させることができた。

さらに、このプロジェクトの成功が評価され、次の大型案件も獲得。

ファクタリングがなければ、彼らは大型案件を断念するか、不利な条件で借入を行うしかなかっただろう。

気をつけるべき契約条件と手数料の落とし穴

ファクタリングを活用する際は、以下の点に注意が必要だ。

手数料の計算方法を確認する

  • 額面に対する割合か、資金化額に対する割合か
  • 期間によって変動するか
  • 隠れた手数料がないか

契約条件を細部まで確認する

  • 売掛金が回収できなかった場合の責任の所在
  • 遅延時のペナルティの有無と金額
  • 極度額(利用限度額)と審査基準

特に注意したいのが「買戻条件」だ。

これは、売掛金が回収できなかった場合に、売却した企業が買い戻す義務があるという条件で、実質的には融資と同じ効果になる。

ファクタリングの本来のメリット(負債にならない)が損なわれるため、条件をよく検討すべきだ。

活用すべき場面②:次のラウンドまでの「つなぎ」として

VCからの資金調達を控えたスタートアップA社は、シリーズAラウンドでの調達を見込んでいた。

しかし交渉は長期化し、当初予定から3ヶ月も延びてしまった。

すでに採用していたエンジニアの給与や、クラウドサービスの費用など固定費は日々発生する。

一方で、大手企業との契約は進み、来月から売上計上できる見込みだったが、入金はさらに2ヶ月先。

このタイミングで手元資金が底をつきそうになり、VCとの交渉にも影響が出かねない状況だった。

VCとの交渉が長引くときの現金確保術

VCとの交渉が長引く理由はさまざまだ。

  • デューデリジェンスの長期化
  • 投資委員会の開催タイミング
  • 複数のVCとの並行交渉
  • 市場環境の変化による再評価

「資金調達の交渉が90%まで進んでいても、入金されるまでは0%と同じ」

ある経験豊富な起業家の言葉だ。

この「ラストワンマイル」を乗り切るための現金確保術として、ファクタリングは有効な選択肢になる。

確定している売掛金を現金化することで、「あと少し」の資金ショートを回避できる。

エクイティを守るための現実的な選択肢

A社の場合、2つの選択肢があった。

  1. ブリッジローン(つなぎ融資)
  • 金利:年利12%
  • 株式のワラント(新株予約権)付き
  • 手続きに3週間必要
  1. ファクタリング
  • 手数料:4%(一括)
  • エクイティ希薄化なし
  • 最短3日で資金化

このケースでは、A社はファクタリングを選択した。

理由は「エクイティの希薄化を避けたい」「スピード重視」という2点。

結果として、3000万円の売掛金を2880万円(手数料4%を差し引いた額)で現金化し、VCからの資金調達までの2ヶ月間をしのぐことができた。

信用を失わずにファクタリングを活用する方法

VC交渉中にファクタリングを利用する際、投資家に悪印象を与えないよう注意すべき点がある。

1. 透明性を持って説明する

  • 資金計画の一環として説明
  • 一時的な手段であることを明示
  • 売上の確定を証明するポジティブな材料として提示

2. 将来の資金計画に組み込む

  • 調達後の返済計画を明確に
  • 成長に伴う運転資金の計画を示す
  • 継続的な利用が必要ないことを示す

3. 適切な相手を選ぶ

  • 大手または信頼できる業者を選定
  • 極端に高い手数料を避ける
  • 契約内容を投資家にも開示できる内容に

ファクタリングの利用自体は問題ないが、伝え方によっては「資金繰りに窮している」という印象を与えかねない。

計画的な資金調達の一環として位置づけることが重要だ。

活用すべき場面③:成長投資を加速するための前倒し資金調達

ステップ1: 売上高成長曲線を描く

成長中のスタートアップにとって、「今すぐ投資したい」瞬間は必ず訪れます。

顧客からの反応が良く、もう少し広告費をかければ明らかに売上が伸びるという手応え。

競合より先に市場を押さえるためのチャンス。

そんなとき、「入金を待つ」という選択は成長機会を逃す可能性があります。

ステップ2: 機会損失を計算する

あるECスタートアップでの事例を見てみましょう。

このスタートアップは季節商品を扱っており、夏向け商品の宣伝で大きな成功を収めました。

反応の良いターゲット層に追加広告をかければ、さらに売上が伸びる見込みがありました。

しかし手元資金は限られており、追加投資をするには翌月の入金を待つ必要がありました。

機会損失の計算:

  • 追加広告費:500万円
  • 期待される追加売上:2000万円
  • 粗利率:40%(800万円)
  • 純利益(広告費差引後):300万円

ステップ3: ファクタリングを活用した解決策

彼らは次の方法でこの機会を活かしました。

  1. 確定済みの売掛金1000万円をファクタリング
  2. 手数料5%を支払い950万円を即時調達
  3. 500万円を広告に投資
  4. 残り450万円を運転資金として確保
  5. 結果:2000万円の追加売上を実現

この判断の損益計算:

  • ファクタリング手数料:50万円の損失
  • 追加投資による利益:300万円の利益
  • 差引効果:250万円のプラス

広告費や外注費を「いま使いたい」タイミング

「今」投資すべきタイミングとしては、以下のような場合が考えられます。

1. マーケティング投資の好機

  • 広告反応率が急上昇している
  • 季節要因による購買意欲の高まり
  • 競合が弱っているタイミング

2. 人材採用の決断時

  • 優秀な人材との出会い
  • 市場での人材獲得競争の激化
  • チーム拡大のタイミング

3. 設備・在庫投資のチャンス

  • 仕入れ価格の一時的な低下
  • 需要急増への対応
  • 納期短縮のための先行投資

このような「今投資すれば明らかに効果がある」というタイミングで、入金サイクルとのミスマッチを解消するためにファクタリングは有効です。

売上債権の活用で資金調達リードタイムを短縮

通常の資金調達方法と比較した場合のリードタイムを見てみましょう。

各資金調達方法のリードタイム:

  • 銀行融資:1〜3ヶ月
  • VC資金調達:3〜6ヶ月
  • エンジェル投資:1〜2ヶ月
  • クラウドファンディング:準備〜実施で2〜3ヶ月
  • ファクタリング:最短3日〜2週間

ファクタリングの大きな強みは「スピード」です。

確定した売掛金さえあれば、最短数日で資金化が可能。

成長のタイミングを逃さないためには、この「即応性」が決定的に重要なケースがあります。

スピードが命の局面での判断軸

「スピード vs コスト」の判断をするための軸を以下に示します。

1. 投資対効果を計算する

  • 投資による期待リターン
  • ファクタリング手数料(コスト)
  • 機会損失のリスク評価

2. 投資の緊急性を評価する

  • 市場の状況(競合の動き)
  • 季節性や時期の影響
  • 優先順位の高さ

3. 代替手段との比較

  • 他の資金調達方法との比較
  • 投資の延期・分割の可能性
  • 優先順位の低い支出の延期

投資判断のマトリクス

投資の緊急性期待リターンファクタリング適性
高い高い◎ 最適
高い中程度〇 適している
高い低い△ 検討の余地あり
低い高い〇 適している
低い中程度△ 他の手段も検討
低い低い× 適していない

この判断軸を持っておくことで、「今ファクタリングを使うべきか」の意思決定がしやすくなります。

ファクタリングの導入で失敗しないために

1. 費用面の検討

  • 手数料率の比較(複数社から見積もり)
  • 手数料の計算方法の確認
  • 追加費用の有無のチェック

2. 信用面の影響

  • 取引先への印象
  • ファクタリング会社の信頼性
  • 将来の資金調達への影響

3. スキーム選択

  • 2社間 vs 3社間の選択
  • 買戻条件の有無
  • 契約期間と更新条件

事前に検討すべき3つの視点(費用・信用・スキーム)

ファクタリングを検討する際は、以下の3つの視点から総合的に判断することが重要です。

費用面での検討ポイント:

  • 手数料率は市場相場と比較して適正か
  • 隠れたコストがないか(事務手数料、審査料など)
  • 支払遅延時のペナルティ条件

信用面での検討ポイント:

  • 売掛先に与える印象(特に3社間ファクタリングの場合)
  • 銀行やVCからの評価への影響
  • 継続的な利用での信用情報への影響

スキーム面での検討ポイント:

  • 自社の状況に適した方式の選択
  • 契約条件の詳細確認(特に買戻条件)
  • 今後の事業展開とファクタリング利用計画

「ファクタリングは諸刃の剣。使い方次第で会社を救うことも、追い込むこともある」

私が常にクライアントに伝えている言葉です。

信頼できる事業者の見極め方

信頼できるファクタリング会社を選ぶためのチェックリストです。

1. 基本情報の確認

  • 設立年数(3年以上が目安)
  • 親会社や関連会社の信頼性
  • 金融庁への登録状況

2. 取引条件の透明性

  • 手数料や条件が明確に提示されているか
  • 契約書の内容が分かりやすいか
  • 説明に一貫性があるか

3. 実績と評判

  • 同業他社の利用実績
  • 紹介や口コミの評価
  • メディア掲載や公的認知度

4. 担当者の質

  • 金融知識の深さ
  • 提案の質と事業理解度
  • コミュニケーションの正確さ

特に重要なのは「追加費用の透明性」です。

審査料、事務手数料、契約更新料などの名目で、後から費用が発生するケースもあります。

契約前にすべての費用を明確にしておきましょう。

顧問税理士や資金調達アドバイザーとの連携

ファクタリングを検討する際は、専門家との連携が重要です。

税理士との連携ポイント:

  • 会計・税務上の処理方法の確認
  • 資金繰り計画への組み込み方
  • 決算期をまたぐ場合の注意点

資金調達アドバイザーとの連携ポイント:

  • 全体の資金調達戦略における位置づけ
  • 他の資金調達手段との組み合わせ
  • VCや金融機関への説明方法

弁護士との連携ポイント:

  • 契約書の法的チェック
  • リスクヘッジの方法
  • トラブル発生時の対応策

専門家の目を通すことで、思わぬリスクや見落としを防ぐことができます。

特に初めてファクタリングを利用する場合は、こうした専門家のサポートを受けることをお勧めします。

まとめ

スタートアップ経営において、資金調達は常に頭を悩ませる課題だ。

特にシリーズA前の企業にとって、選択肢が限られるなかでファクタリングは有効な武器となりうる。

本記事で紹介した3つの活用場面を振り返ってみよう。

  1. 資金繰りの谷を一時的に越えるとき
  2. 次のラウンドまでの「つなぎ」として
  3. 成長投資を加速するための前倒し資金調達

これらはいずれも「一時的」な手段であり、長期的な資金調達戦略の一部として位置づけるべきものだ。

ファクタリングのコストと便益を適切に評価し、自社の状況に合わせて活用することが重要である。

最後に強調したいのは、資金調達における「数字には出ないけど、大事なこと」だ。

金融の世界では表面上の数字だけでなく、経営者の姿勢や事業への情熱、そして何より「信頼」が重要な要素となる。

ファクタリングを含め、あらゆる資金調達手段を「味方につける」ことで、スタートアップ経営の選択肢は広がる。

事業に全力を注ぐための資金を確保するために、この記事が少しでも参考になれば幸いだ。